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D陣日誌
- スタッフより
2024.06.20
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ふぉゆどう、っていう番組が始まったきっかけは何かというと、やっぱり西田二郎なんですよ。
西田二郎が、スタート社――まあ、旧ジャニーズですよね――そこと関わるようになった。
ジャニーズ事務所なんてものは、我々にとっては、ほんとに無縁の存在だったんです。二郎にとってもそうだろうし、私なんかもっとそうです。まったく縁のない世界だった。
でも、そのジャニーズ事務所というものが、いろんなことを経て、スタート社という違う形になった。
じゃあ、そもそもジャニーズ事務所って何だったのか。
それはやっぱり、日本のエンターテインメントをものすごく牽引してきた存在だったと思うんです。そこは間違いなく、すごい力があった。
ただ、その牽引力があまりにも大きかったから、東京のキー局も、そこにベタッと寄りかかるというか。大事にする、という言い方とも少し違うんだけど、いつの間にか「もうそこしかない」みたいな感じになっていたところがあると思うんです。
それが、いろいろあって崩れた。
そのときに、「じゃあ日本の芸能界って、このまま東京のキー局のやり方で進んでいくのか?」というと、もうそれ自体が完全に崩れているわけです。
特に、テレビ界を牽引してきたフジテレビというものの力が、かつてのようにはなくなっている。そういう時代になっている。
じゃあ、旧ジャニーズだったスタート社を、誰がどう受け止めるのか。
その話が、西田二郎から来たんです。
そこで二郎と話していて、「これはキー局じゃないよな」と思ったんです。
むしろ、究極的に言えば、資本に染まりきっていないローカルが、ちゃんとやっていかなきゃいけないんじゃないか。そんな話になった。
それは、私にとってもかなり革新的な考え方でした。
社会的な信用という意味で、まだ崩れていないテレビって、東京のキー局じゃなくて、ローカルなんじゃないか。だったら我々でやろうじゃないか、と。
その流れの中で、二郎が見つけてきたのが、ふぉ〜ゆ〜だったんです。
公式にCDデビューをしているわけではない。だけど、ずっとアイドルをやっている。しかも40代の男たち。
二郎が「これ、最高におもろいで」と言うわけです。
それで私も一緒に渋谷公会堂へ観に行ったんです。
観終わったあとに彼らに挨拶をして、実際に会ってみた。
その瞬間に、やっぱり人の良さが伝わってきたんですよ。
「ああ、こいつらもいろいろあったんだろうな」と思った。
40代まで、ずっとその世界で生きてきたわけですからね。相当、命を削ってきたはずなんです。
だから、「こいつらとだったら、普通に話したいな」と思ったんです。
普通の話でいいんです。
別に、大泉さんみたいに、面白い話に命をかけなくていいんです(笑)。
彼らがこれまでどうやって生きてきたのか。
今もアイドルでいるというのはどういうことなのか。
そういうことを、落ち着いて話したい。
そういう番組だったらいいなと思ったんです。
私にとっても、それならプレッシャーにならない。
何か大きな企画を背負わせるんじゃなくて、ただ話す。焚き火を囲んで、酒でも飲みながら、ふぉ〜ゆ〜の4人といろんな話をする。
私にとっても、今もアイドルをやっている40代の男たちなんて、初めて会う人種ですから。
単純に、その話を聞きたいんです。
そうやって始まったのが、「ふぉゆどう」という番組です。
この番組の作り方も、二郎が考えたことなんだけど、普通に俺たちが番組を作って、どこかに売るという形ではないんです。
全国のローカル局に声をかけて、番組販売費のような形でお金を出してもらう。
「皆さんも一緒にやりましょうよ」と呼びかけて、番組を作っていく。
もちろん、そういうやり方は、下手をすると烏合の衆みたいになりがちです。
でも、面白いやり方ではある。だから、やってみようと思った。
私としては、その顔としてそこに出るというのは、いいなと思ったんです。
ふぉ〜ゆ〜の4人は、「何でもやります!」って言うんです。
街ブラでも何でもやります、って。
でも私は、そこをあえて何にもやらせない、ということをやりたいんです。
「いや、もう痛々しいから、見てらんないから、やんなくていい」と(笑)。
彼らはずっと、何かをやらされてきた人たちでもあると思うんです。
だからこそ、ここでは何かを無理にやるんじゃなくて、ちゃんとまともに話そうぜ、と。
それを毎月1回できればいい。
そういう番組なんです。
だから、これからも意外と楽しみなんですよ。
何かを派手に仕掛けるというより、ふぉ〜ゆ〜の4人と、ただ話す。
その中で、40代のアイドルとして生きてきた人間の面白さや、にじみ出るものが、自然に出てくればいい。
「何でもやります」という人たちに、何もやらせない。
そこに、この番組の面白さがあるんじゃないかと思っています。
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どうで荘での居候が続いている。
御存知、リアルどうで荘、神奈川県川崎市中原区にあるどうでしょうD陣の配信拠点。
そこに居候をしているわけだが、配信拠点なので当然機材が多く配置されている。
高価でないとありえない画質のカメラが串刺しになった(もっと正しい表現があるのだろうけれど、無知ゆえにわからぬ)三脚が屹立し、照明機材も林立。マイクも何種類かがギリスの近衛兵の帽子みたいな頭(なんて言うんだあれは。マイクの部位の名前もわからないし近衛兵の帽子の名前もわからない)をもたげている。パソコン、どでかいモニター、そのほか使途不明の、官房機密費みたいな、高そうな機材。そして床、机の上でとぐろを巻いているのが各種コード・線類である。
この線類がなかなかのくせ者。
配信というのは一個の機材でできるわけではなく、いくつかの機材の協力のもとに行われる。
その機材の接続、連絡を取るのがこれらの線。玉木青が配信を仕切っているとすると例えるならば彼が殿様である。織田信長である。
各機材は能力のある武将たち。羽柴秀吉柴田勝家丹羽長秀。
そして各種コード・線は連絡役。母衣武者ということになる。つまり毛利新介、野々村三十郎と言ったところになる。コード・線類は毛利新介なのだ。
これ、逆にわかりにくくなっているな。
逆の説明で使うべき例えだ。母衣武者とか毛利新介を説明するときの例え。
さて、我が部屋の毛利新介なこと線・コードの類なのであるが、これがなかなかの荒武者、猪武者、蛮勇と言っても良い性格だ。
もちろん仕事はできる。いつも通信は快適。しかしながらとにかく素行が悪いというか態度が悪いというか、要するにいつもぐちゃぐちゃなのだ。
ぐちゃぐちゃなどという言葉では表現できないくらいである。ぐぢゃぐぢゃ、あるいはぐぢゃんぐぢゃん、ぐっぢゃんぐっぢゃん、って感じなのだ。
現代社会くらい複雑に絡み合っている。アレキサンダー大王やったらブチ切れて一刀両断しているくらいの混迷ぶり。ゴルディアスの結び目。いや、ゴルディアスの毛利新介状態。
玉木青が配信を指揮する際に、何やら線の付け替えなどを行うこともあるのだが、もう、その苦労と言ったた筆舌に尽くしがたいものがある。
だって、一本の線を手繰り寄せたら線全部が混然一体となって「ゴゴゴ」という感じでこちらへ近づいてくるのだ。スムーズな作業などできようはずもない。
玉木青、そういうことがおこるたびに「コードを整理しましょう」というのだけれど、やはり混然一体となってまがまがしい気を放っている、メデューサの頭にも見えなくないそのコードの黒塊を見ると、我々の意志は削げ、石のようになってしまうのである。
居候には感謝が重要だ。ということをインターネットで観た僕も、感謝の意を伝えるべくコードを整理しようかと思ったこともある。
しかしながら生来愚鈍無知蒙昧因循姑息惰気満満たる玉田玉山である。
手を付けようとはしたものの、多種多様のコード、まさに八百万。
HDMIやらAC、USB、AUX、DVD、果てはSONY、Panasonicの文字も恐ろしく、イヤホン糸くず抜け毛までもが一致に団結をしているものだから手出しをすることができない。
僕は震えて眠るだけである。
そんな状況でもまあ何とかコード同士、見た目には混迷を極めていたとしても、連絡を取り合い、配信等に支障が無ければそれでいいのだ。が、そうもいかない場面というのが近頃散見されている。
コードというのはコンセント類からの給電の役割も果たしているわけだが、その給電の役割のコードが抜けておることがあるのだ。
こうなると起動すべき電気機器が起動をせず、配信に重大な支障をきたすことになる。
何故、そういう仕儀になってしまうのか。
僕がコンセントを抜いているのである。
いや、こういえば配信への妨害行為即刻退去の所払い、武蔵新城より10里の外より近寄ってはならぬ。と思われる読者諸君も多いだろう。
しかしそんな妨害などという強い意志を持たねばできないことをできるほど僕には意気地というものがない。
これすべて我が暗愚の為である。
居候の寂しさは夜に来る。そういう場合は夜の街に繰り出す。と言っても寂しさと人の誘いのタイミングが合一するタイミングはまれだし、寂しいからと言って人を誘い呼び出し、寂しさをぶつけるような酒に突き合わせる度胸も自信もない。
結句行きつけのバーに行き、喋る。ということになる。バーというのは街の中でそういう地位を占めているのだ、ということを最近はとみに思う。
キャバクラ、ホストクラブ、スナック、ガールズバー、メイド喫茶、コンカフェ。そういったものの意味というのが一人で都会に暮らしてわかってきた。
僕の行きつけといえるバーは新宿、四谷三丁目、高円寺に一軒づつある。
ここへ出かけて、あるいは仕事帰りによって、喋りながら酒を飲む。
あのバーという空間へは皆がある程度そこにいる人と話をしに来ている。
うーん、進次郎のような話になるが、バーに来ている人は全員バーに来ている人、なのだ。
であるから知らない人が相手でも、なんだったら人見知りの僕だが、行きつけのバーであると、場所見知り、もないのでかなり話ができる。いや、相手の話を聴いているだけで面白い。寂しさに目が向かなくなる時間だ。
そうこうしているうちに23時を過ぎたあたりで終電。
さすがに朝まで飲む体力も財力もないので帰宅をすることになるが、3つの行きつけ、すべて武蔵新城から遠いのだ。
1時間くらいは帰宅に時間がかかる。
この1時間、ずっと座っていれれば楽なのだろうが、そうはいかない。混んでいる。さらに乗り換えも多数。そして人のことを言えた義理じゃあないが、とにかく電車全体が酒臭く気分が悪い。今から一人の居候のねぐらに帰るのか、と思うと突如として寂しさが吹きすさぶ。詮無いことだとわかりながた、酔った頭には大阪に置いてきたネコと妻の顔が浮かぶ。郷里の祖母の顔が浮かぶ。亡くなった母の顔が浮かぶに至って涙が出てくる。
母の顔が浮かんだあたりでやっと武蔵新城に着くものだから、コンビニでヘパリーゼ等各種肝臓機能補助製品と、もう一杯飲む為の酒を買ってどうで荘に帰ることになる。
飲酒と1時間の移動により意識は朦朧である。
鍵を開ける。ドアを開く。倒れこむように体を押し込む真っ暗などうで荘。電気をパチッとつけると撮影機材。モニター。DVDの山、山、山。
皆さんに貼っていただいた床にどったりと倒れこんでひとしきり「あー…」だの「のみすぎたあ…」だの唸った後に、手慰みにTwitter(現Ⅹ)を観ようとすると、スマートホンの電池切れが間近。これはいけない、這うようにして電源タップに近づく。当然すべての電源は埋まっているから一生懸命手を伸ばして手近なコードを抜いてそこに携帯の充電器を指す。
そう、長くなったが、この手近なコードが重要なコードだったりするわけである。
そしてべろんべろんに酔っ払っているのでその重要性を認識せずに眠る。
起きるとすべてを忘れて健やかになってしまっているので、もう抜かれたコードはそのままだ。
そうなると後日の配信に支障をきたす。
と、こういう流れになるわけである。
全て我が暗愚より来ているというのはそういうわけだ。
今迄配信に支障をきたすたびに「なんで抜けているんだこのコードはわからんねえ」という顔を玉木青に僕もしていたのだが、すまぬ、あれは酔っぱらった僕が抜いている。ここで懺悔をする。
今後はやるまいぞとは思っている。しかしどうすれば防ぐことができるのか、というのが皆目見当がつかん、さて、と懊悩しているとにこの度、新しいスタッフYこと横山清正氏がその持ち前の粘り強さでこの線のぐちゃぐちゃを整理しきったのであった。
中々できることではない。
整理すると意外と空きの電源口も確保されるもので、今後はそこに充電器を刺せば事足りる、という状態となったのであった。
降ってわいた平和を寿ぎ、後はまたコードがぐちゃぐちゃにならないよう、注視していくことが、居候の僕にできる平和維持への努力であろう。
しかし横山清正、すごい男である。よくもまああのようなコードを整理しきったものである。ゴルディアスの結び目も、彼さアレキサンダー大王の傍にいれば、一刀両断されることもなかったかもしれぬ。心強い人間がスタッフになったものである。皆もどうぞ彼を頼りにしてください。
僕のことはここまで3000文字書いてきたようななことですからあまり頼りにせずに、期待もせずに、どうか優しく見守ってくれると嬉しいです。
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